4月20日、高麗高来神社春季例大祭

例年17、18、19日と固定日に行われていたお祭りですが、今年から土日に重なるようになり
会社を休めた為、勇壮な山神輿渡御を見に行ってきました


高麗大橋から望む高麗山。安藤広重の東海道五十三次・平塚には花水橋方面からの高麗山が描かれています



国道一号線からの参道には大幟がギシギシと音を鳴らしてはためいていました



旧大磯地区の総鎮守、高来神社社殿と立派な神輿堂。社紋は提灯に見て取れるように三つ葉葵です
中原街道の元となった街道はこの大磯が始点であったとも言われ、やはり徳川家との関わりの深い神社です
  


かつては高麗寺祭(コウライジマチ)、比々多神社例大祭、国府祭(コウノマチ)、眞田神社例大祭(天王さん)とともに
農具市が立ち、その賑わいは現在の平塚七夕まつりに匹敵するものであったと言われています。農業に深い関わりを持ち
現在でもその名残としての植木市が共通に残されています。山神輿はこの賑わいから御霊が避けるため上宮に渡御されるものです



日中担がれた高麗地区の神輿。大磯に多くみられる鳳凰からの白捩り(鈴付き)、露盤からの紅捩り
螺鈿造りの総塗り神輿です。かつて大磯には螺鈿塗師、鋳物師、彫師など多くの職人が住んでいました
  


そしてこちらが山登をする山神輿。欅材でとても頑丈に作られています。鳳凰、蕨手などは外され
捩りも紅白から撚り綱へと変えられています。各所に補強がされていますが、彫刻もしっかりと付けられた立派な神輿です
  


既に神輿を引く親綱は男坂に延びていました



辺りも暗くなり手造りの行燈に見送られ、山神輿の開始です。境内および途中までの比較的なだらかなところまでは
通常のどっこい担ぎにて進んでいきます
 


まだふもとですが、いきなり難所が訪れます。「ヨーイコーラ」の掛声で担ぎ手と引き手により登っていきます
このタイミングが非常に大事であり、この渡御は担ぎ手のみならず、引き手も一体となって行わなければいけません
見物人も引き手としてお手伝いする参加型のおまつりです。おや、見覚えのある後姿が・・・。
 


本宿春日神社のMさんでした。本宿地区と高麗地区は隣同士で、夏季祭礼にもお互い協力団体となっております
平塚でも鳳凰からの捩りなど、大磯地区と同様の飾り方は春日神社神輿だけではないでしょうか?(かつての浜嶽神社もそうでしたが)



坂というよりは崖に近い場所を休憩を挟みながら登っていきます。こんな神輿は他ではなかなか見られません。まさに勇壮!
解説よりも画像をご覧下さい。是非一度、実物を見に行くことをお薦めします
 
  


男坂を登り終えた後休憩です。引き手や見物客も含め塩おにぎりが振舞われます
ここで食べる塩おにぎりは普段食べるものと違いとてつもなく美味しいです(笑)



ここからは前棒、後棒ともに肩を入れて登ります。そして引き綱がはずされ上宮境内にてどっこいどっこいと三周担ぎます
 


その後、假宮に神輿を納めます。かつては上宮としてお宮が建てられていたとの事です



暗闇の中、式典が終わり無事に山神輿終了となりました。なお、2日後の昼刻には装い新たに女坂を担いで下ります
 


おまけ画像、既に漁師(?)として地元氏子さん待遇のピンクのタオルのお兄さん(笑)と
地元では権現さんの神輿と呼ばれ、夏季大祭御船祭にて高麗地区のみならず旧大磯地区を町内渡しで担がれる宮神輿のお姿です





'07祭時紀に戻る
inserted by FC2 system